鍼灸刺激の作用には様々な物があります。

ここまで分かった鍼灸医学-基礎と臨床との交流 脳機能および中枢神経疾患に対する鍼灸の効果と現状

鍼刺激と大脳皮質局所血流

 

「調整作用」
鍼灸刺激は整体の反応を興奮させる作用と、鎮静させる作用があります。

「誘導作用」
鍼灸刺激により、血液やリンパ液を始めた液体物質を・患部に誘導させる作用と、健部に誘導させる作用があります。

「鎮痛作用」
鍼灸刺激により鎮痛効果が立証されています。

「防衛作用」
鍼灸刺激は白血球や大食細胞を増加させ、生体の防衛能力を高めます。

「免疫作用」
鍼灸刺激は免疫機能を高める作用を示します。

「消炎作用」
鍼灸刺激により局所の白血球の増加や遊走がおこり、血流改善による病的滲出物吸収促進が行われることで、生体の防衛能力を高め、消炎に繋がります。

「転調作用」
鍼灸刺激は自律神経失調症やアレルギー体質などを改善し、体質を強壮にします。

「反射作用」
鍼灸施術により反射機転を介して、組織や臓器の機能を増進させたり、抑制させたりする反応を引き出します。

「脳血流や血圧に及ぼす反応」
鍼刺激により体性感覚神経を求心路とし、脳に信号が届き、自律神経を遠心路として各器官(大脳皮質血流、眼底血流、子宮血流、骨格筋血流)の血流を調節している身体のメカニズムが、明らかになっています。
手の平、足蹠への鍼刺激により、脳血流と血圧が増加し、鍼刺激終了後に徐々に元に戻る反応を示しすことが分かっています。
胸部への鍼刺激では殆ど変化を示さないことも分かっています。
脳血流の変化が血圧の上昇によるものかを調べるため、血圧が上昇しない措置を施した環境下で、同実験を施すと同様に脳血流が上昇します。
したがって脳血流は血圧変化と相関がないことが判ります。
また、体性感覚神経が切断されている状態では、鍼刺激による脳血流の上昇がおきないことも分かっています。
体性感覚神経が関与していると言うことで、単なる単シナプス反射ではないことが判明しています。
鍼刺激量と脳血流の関係は、Ⅲ群とⅣ群繊維(侵害刺激:痛覚)関与が大きいことが、鍼通電刺激を用いて刺激強度を変えて調べた実験により明らかにされています。
手の平に鍼刺激を与えると、眼底血流が増加し、血圧も上昇します。
薬物により血圧変化が起こらない措置を施した状態で鍼刺激を与えると、眼底血流はほとんど変化しません。
神経と眼底血流の関係を明らかにするために、顔面神経を切断し交感神経は無傷な状態で実験を行うと、眼底血流の変化が現れます。
このことから、この反応には、副交感神経が関与していると予想されています。
鍼刺激(侵害刺激:痛覚)でおこるこの反応は、皮膚の非侵害性ブラシ刺激では起こりません。
したがってこの反応は、手の皮膚の鍼刺激(侵害刺激)を求心路とし脳を介して副交感神経を遠心路とする血流増加反応と、さらに血圧上昇に依存した血流増加反応があるものと推測されます。
脳血流が増えたラットでは血流を増やす働きがあり、大脳皮質から分泌される物質「アセチルコリン」が鍼や灸治療の刺激で約2倍に 増えていたとのこと。

「鍼刺激による子宮の血流増加」
鍼刺激によって子宮血流も増加することが分かっています。
足蹠への鍼刺激で子宮血流が増加します。
鍼刺激(侵害刺激:痛覚)でしか子宮血流が増加せず、非侵害性のブラシ刺激では子宮血流は増加しないことが分かっています。
全身血圧の上昇が起こる手の平への鍼刺激では子宮血流に変化が見られません。
さらに経のみを切断しても影響を受けません。
神経を切断すると子宮血流の増加が消失することから、子宮血流は骨盤神経を介した鍼刺激(侵害刺激)により増加することが分かっています。

「鍼刺激の血圧への作用」
1981年にYaoらが高血圧ラットに対して鍼刺激を行う実験を試みたところ、鍼刺激により血圧低下作用が見られることを報告しました。
ラットの足三里相当部位へ鍼刺激を行うと血圧低下が見られます。
筋肉への刺激量が大きいほど、血圧低下が大きくなることが結論付けられました。
足や背中のように筋肉の多い体の部位では血圧が低下しやすいとのことです。
一方で手や足蹠のような末端部位では血圧が上昇することが判明しています。
細い鍼より太い鍼の方が血圧の変動が大きく、電気刺激では通電強度が強いほど、血圧変化が大きくなると言う結果となっています。

「灸刺激の治療的作用」
灸刺激には増血作用や止血作用、強心作用があります。

「鍼灸刺激により引き起こされる可能性のある反射」

  • 体性運動反射→
    伸張反射は単シナプス反射で、腱反射のことですが、打腱槌で叩くことにより筋が伸張され、同一の筋が収縮します。
    これは鍼刺激をすると頻繁に見られます。
    逃避反射は屈曲反射とも呼ばれ、体性感覚に侵害刺激が加わると、屈筋の収縮と伸筋の弛緩が起こる反射です。
    この反射は多シナプス反射です。鍼灸刺激でおこります。
    交叉性伸展反射は片側の下肢に侵害刺激が加わると、同側に屈曲反射が起こり、もう一方の下肢が伸展される反射です。
    この反射も鍼灸双方の刺激でおこります。
  • 自律神経反射→
    鍼灸を行うと皮膚にある汗腺、皮脂腺、立毛筋、末梢血管系を支配する交感神経性皮膚分節領域に反射がおきます。
    皮脂腺反射は中谷義雄が提唱した良導絡の理論により、説明されています。
    皮膚血管反射は石川太刀雄が提唱した皮電点の理論により、説明さえています。
    汗腺反射は高木健太郎が提唱した圧発汗反射によって説明されています。

「体性内臓反射」
鍼灸である体壁を刺激すると、その興奮は脊髄後根に伝えられ、脊髄の同じ高さの神経支配を受けている内蔵に反射的に影響を及ぼします。
その刺激により、内臓の運動、知覚、分泌、代謝、血管運動などに影響を及ぼします。

「体性自律神経反射」
西條一止は、刺鍼と自律神経機能の関連を心拍数を視標として研究し、鍼刺激は心臓では交感神経抑制方向に働き、末梢血管では、交感神経緊張方向に働くことを見つけました。
心臓収縮力や心拍数は、鍼灸刺激直後では、、鍼で減少し灸で増加します。
刺鍼刺激は交感神経機能抑制、副交感神経機能亢進の両方が生じる場合と、どちらかのみの反応が生じる場合、または、どちらも起こらない場合が認められます。
興味深いのは適切な鍼刺激では、逆の反応「交感神経亢進や副交感神経抑制」はおきにくいと言うことです。

「軸索反射」
皮膚を鍼などで刺激すると紅斑が起こります。
この反応は受容器からのインパルスが求心性に伝達されると、途中で枝分かれした部分から逆行して抹消へインパルスが伝えられます。
すると、神経末端からP物質などの神経伝達物質が遊離され、血管拡張がおきると結論付けられています。
木下晴都は鍼により、筋疲労が改善されるメカニズムは、軸索反射によって血管が拡張され、疲労物質が移動するためと考えました。

「鍼鎮痛」
鍼刺激による鎮痛効果についてはメカニズムが明らかになっています。
鍼通電療法による麻酔効果は、医学的に証明されています。
1958年に上海の病院で初めて鍼麻酔による扁桃摘出が行われ1954年赤羽幸兵衛が鍼による無痛分娩を試みました。
その後日本では 産婦人科領域や歯科領域で鍼麻酔の応用が増えています。
鍼麻酔は特定の経穴を連続的に刺激する必要があります。
持続的に一定のリズムで刺激する必要があり、昨今では器具を用いて電気的刺激を行うことがほとんどです。
低周波鍼通電療法と言われる手法で、通称パルスと呼ばれており、当院でもしばしば使用します。
低周波鍼通電療法がSPAと類似点が多いものです。
鍼鎮痛は鍼通電による筋収縮で、鎮痛効果が出現するものですので、両者にはいくつかの類似点があります。

「鍼鎮痛の発現機構」
鍼沈痛に関わる受容器はポリモーダル受容器で、神経線維は細径のAδ線維です。
ラットの足三里穴と合谷穴に相等する部に、筋収縮を起こす強度で1Hzの電気刺激を与えると、徐々に鎮痛が出現し、刺激終了後もしばらく持続します。
この現象は、ナロキソン投与群には起こりません。
経穴部に発生した求心性インパルスは後根を経て脊髄後角に入り、反対側の前側索を上行し、中脳中心灰白質背側部を通って、視床下部に至ります。
視床下部内でインパルスは弓状核中央部を経て弓状核後部に達し、個々から脊髄へ下行する下行性痛覚抑制系を作動させます。
弓状核中央部から上位の情動を支配する大脳辺縁系を経由し、弓状核へ戻ってくる経路もあります。武重は便宜上、経穴部から弓状核中央部までを鍼鎮痛の求心路、
下行性痛覚抑制系を鍼鎮痛の遠心路と定義しました。
これらに関与するものには、ドーパミンニューロンや下垂体からのβエンドルフィンなどがあります。
求心路の刺激によって起こる鎮痛は発現までに時間がかかること、刺激終了後も鎮痛が持続すること、個体差があること、ナロキソンにより鎮痛が消失すること、下垂体摘出により鎮痛が起こらなくなることなどが上げられます。
下行性痛覚抑制系は視床下部の弓状核後部から始まり、ドーパミンニューロンを介して視床下部腹内側角に至り、2つの経路に分かれます。
縫線核を経て脊髄に下行するセロトニン系と、傍巨大神経細胞核を 経て脊髄に下行するノルアドレナリン系の下行性抑制系があります。
両抑制系とも脊髄後索を下行し、脊髄後角で痛覚情報を遮断します。

「鍼鎮痛発現と内因性モルヒネ様物質」
鍼鎮痛発現にはβエンドルフィンニューロンが深く関与しています。
脊髄においては鍼鎮痛の求心路としてメチオニンエンケファリンが深く関与しています。

「鍼鎮痛の個体差」
エンケファリン分解酵素の阻害剤であるDフェニルアラニンを投与すると鍼鎮痛が有効になります。
このことから、鍼鎮痛の発現の個体差は、脊髄内のメチオニンエンケファリンの分解酵素の活性の違いと考えられています。
電気的な刺激でなくても、鎮痛効果は得られます。
鍼による持続的な一定のリズムの刺激があれば、10分から20分で、麻酔効果を得られます。

 

■関連学説→
「内因性モルヒネ様物質」
1970年代に脳内にモルヒネと立体特異的に結合する受容体が存在すると証明されました。
また脳内モルヒネ様物質の存在も確認されました。
脳内モルヒネ様物質には、エンケファリン、エンドルフィン、ダイノルフィンなどがあります。
これらは2個以上のアミノ酸からなるペプチドです。
内因性オピオイド(内因性モルヒネ様物質)や麻薬性鎮痛薬などと特異的に結合する受容体をオピオイド受容体と呼びます。
オピオイドレ受容体には3種類あり、エンケファリンはδ受容体、βエンドルフィンはμ受容体、ダイノルフィンはκ受容体と結合します。
これらのオピオイド受容体は、脳、脊髄をはじめ、消化管などにも存在します。

「オピオイド拮抗物質」
1961年に発見されたナロキソンは、麻薬性作用物質の全てに対して拮抗的に作用し、しかも、それ以外の薬理作用はありません。
ナロキソンを投与した動物では、モルヒネによる鎮痛効果は得られません。

「ゲートコントロール説」
1965年、メルザックとウォールにより提唱された学説で、脊髄内で、触圧覚を伝える太い神経線維からの入力は
痛覚を伝える細い神経線維からの入力を調整しています。
太い神経線維からの入力は脊髄後角Ⅱ層の膠様質にあるSG細胞の興奮を起こさせ、細い線維からの入力に対しシナプス前性に抑制し痛覚からのゲートを閉じるという説です。
昨今の研究により、SG細胞の興奮はシナプス前細胞の興奮を引き起こし、痛覚の伝達を遮断していることがわかっています。

「ホメオスタシス」
クロードベルナールが提唱したものです。
体を取り巻く外部の環境を外部環境といい、常に変化しながら生体に種々の刺激を送り続けています。
これに対し細胞を浸している細胞外液(組織液、リンパ液、結晶など)を内部環境といいます
細胞外液は細胞に必要な物質を届け、代謝産物を運び出しますが、細胞に対し常に一定の環境を与えています。
このように内部環境を一定の状態に保つことを内部環境の恒常性といいます。
キャノンは内部環境が恒常に保たれる機構を恒常性保持機能(ホメオスターシス)と名づけました。
生体が内外の刺激を受けると、内部環境を常に一定の範囲内に保つため、種々のフィードバック機構が働きますが、その一つに交感神経アドレナリン系の機構があり、キャノンはこれを緊急反応と名づけました。
ホメオスターシスとは生理的標準状態の保持を指します。
疾病は恒常性保持機能の失調だと考えることもできます。
疾病の際、外部から物理的、化学的刺激を与え恒常性保持機能を働かせて、その失調を取り戻すことができれば、有効な治療行為となりえます。
鍼灸刺激はそうした作用を引き出すための手法の一つとなります。

「汎適応症候群の学説→ストレス学説」
カナダモントリオール大学のハンスセリエが提唱したもので、種々の刺激が下垂体ー副腎皮質系を介して、内分泌系に特徴的反応を起こすものをい言います。
生体に刺激が加わると、まず緊急反応が起こり、続いて汎適応症候群の状態に移行していきます。
刺激が生体に加わると自律神経中枢により、交感神経アドレナリン系が賦活し、ついで下垂体前葉ー副腎皮質系が作動します。
その時に糖質コルチコイドの働きにより、汎適応症候群の状態が作り出されます。
物理的、化学的など生体に対するあらゆる刺激をストレッサーと言います。
ストレッサーが作り出す生体のゆがみ、ひずみの状態をストレスと言います。
ストレスを受けた生体は、以下の三つの様相を示します。
副腎皮質の肥大、胸腺、リンパ系の萎縮、胃十二指腸の潰瘍、副腎皮質の肥大が生体の防御機構にとって重要となります。
ストレスを受けた生体は三つの時期に分類でき、一定の順序に沿った反応を示します。

  • 第1期警告反応期→「ショック相」
    生体がストレッサーに直面した直後で、生体は何の準備もできていない時期です。
    刺激に対する抵抗性の低下、神経系の抑制、体温、血圧の低下、毛細血管透過性亢進、筋緊張の低下、などの反応が見られます。
    この時期は数分から一日とされています。
  • 交絡抵抗期→「反ショック相」
    ショック状態に対し、積極的な防衛反応をていしてくる時期です。
    下垂体前葉よりACTHの分泌が見られ、副腎皮質の肥大が引き起こされます。
    結果的に副腎皮質ホルモンの分泌増加となります「糖質コルチコイド」。
    ☆→ショック状態から正常な状態の方向へ戻ろうとし始める時期です。
    この時期はストレッサーとなった刺激以外の 刺激に対する抵抗力も高まっている時期です。
  • 第2期抵抗期→交絡感作期
    感作:一度経験することにより学習して何らかの判断ができるようになります。
    副腎皮質は肥大したままで、副腎皮質ホルモンの分泌はさらにさかんとなっていて、ショック反応は消え、反ショック相より安定した状態にあります。
    この時期は、最初に加えられたストレッサーに対する抵抗力は強いのですが、他のストレッサーに対する抵抗力は弱まっている時期です。
    この時期を交絡感作と言います。
  • 第3期疲憊期→
    ストレッサーが長く続いたり、強さが強すぎたりするとストレスに対し、反応する能力が低下し適応反応を維持しきれなくなり、抵抗力を失ってショック相と似た状況になってしまいます。
    最終的には死亡に至ることもあります。
    ストレスによる疾病は様々です。
    ストレスに適応できずに病的な症状を呈するものを適応病と呼びます。
    適応病には、下垂体前葉や副腎皮質の疾病である一時的なものと、それに引き続く二次的なものとがあります。
    <一次的なもの>
    クッシング病、シモンズ病、アジソン病など
    <二次的なもの>
    高血圧症、一部の腎臓病、関節リウマチ、胃十二指腸潰瘍、、心臓病、体質的な慢性疾患、マネージャー病、夜勤病など
    ☆夜勤病:看護師やCAなど
    これらの適応病に対して、適切なストレス刺激を与え、適応力を増進させるために、鍼灸は有効です。
    刺激を与え治療する方法を刺激療法や変調療法と呼びます。
    抵抗力をこぶし、治癒機転を促進します。
    変調療法は人体の防御作用を高め、生体の抵抗力を促進するために下垂体ー副腎皮質系、自律神経系の反応を利用します。
    鍼の機械的刺激と、灸の温熱的刺激、あマ指の触圧刺激は、人為的なストレッサーを量的質的に調整しながら加えると考えられています。
    田多井吉之介は刺激療法の効果は交絡抵抗によるものが大部分であると述べ、積極的に防衛反応を起こさせると述べています。
    芹澤勝助は、鍼は交絡抵抗を人為的に作り出し、灸は交絡感作を利用すると述べています。

「圧自律神経反射」
圧発汗反射は高木健太郎による、皮膚圧半側発汗現象の研究によって明らかにされました。
中等度の発汗状態で側臥位になると、上側(非圧迫側)の発汗は増加し、下側(圧迫側)の発汗は減少します。
立位で腋窩点(腋窩線上で乳頭の高さ)を片側だけ圧迫すると、非圧迫側の発汗が増加します。
両側の腋窩点を同時に圧迫すると、下半身の発汗が増加し、両側の殿部側点(大転子上部)を同時に圧迫すると、上半身の発汗が増加します。
この反応は交感神経系の反射(体性-自律神経反射の一つ)です。
圧迫側の交感神経抑制と非圧迫側の興奮によるものです。
腋窩点を圧迫すると、反対側の鼻毛細血管の収縮が見られ、鼻づまりが解消しやすいです。
また圧迫側の血圧は低下します。
こうした反射作用は、患側と反対側の施術を行い、症状の改善につながる基礎理論となっています。