網膜色素変性症と鍼治療

実は院長の伊東は、網膜色素変性症です。
今はほとんど視力がなくなり、盲導犬と共に外を歩いております。
小さいころから、両親があれこれと、治療方法を聞きつけてはいろいろな所にいきました。
もちろん一般的なビタミンAを基本とした、保存療法も行ってきました。
毎月10万円近くする非常に苦い、本当に煎じた漢方薬も何年か続けましたが、進行をくいとめることはできませんでした。
この結果は、まず若かりしころの私が、不真面目であったことに、起因しております。
思春期真っ只中であったころのことですから、無茶ばかりしておりまして、サングラスも掛けないで、外で激しい運動ばかりしておりましたし、薬も不定期で、見栄えばかり気にして、帽子でさえかぶりませんでしたので、紫外線の餌食になったのだと、理解しております。
成人してからも、暴飲暴食、夜更かしと、不養生が過ぎて、ついに60kgだった体重が、90kgにまで肥満するほどでした。
そんな経験から、この病気はどのように辛いのか、どんなことをするとより状況が悪化するのか、身をもって理解しているつもりです。
漢方では、網膜色素変性症を初めとした先天的な遺伝要素に加えて、組織が壊れてしまうような病気に対して、元の状態に回復させるような治療を行うことは困難です。
しかしながら、病気の進行をある程度、止め、病気によって付随した症状が表れることには、対応することができます。
ここから更に長い話になりますが、どうぞお時間がありましたら、お付き合いください。
まず第一に、鍼は視力にどのような影響をあたえるのかを、ご説明します。
高校生のころでした。
私はある漢方薬を処方してもらえる病院の紹介で、鍼治療もしてくれる眼科に通院することになりました。
それまで続けていた漢方薬の値段が高価すぎて、続けるのが難しかったということも理由の一つでした。
そこでは、頸の後ろ側にある、天柱・風池、目の外側にある瞳子と言う部分などに、太目の鍼をブスブスと刺すことをしておりました。
治療前、治療後に視力視野検査を行うと、数値が上がっていることが、毎回確認できました。
視野が狭くなり、見えにくいために、一生懸命目を使うと、頭痛や肩こり、腕が重だるいなどの症状が現れ、それが酷くなると吐き気や立ちくらみが出てきます。
酒、タバコなどは、量が多くなると生体内の環境を悪化させますので、疲労物質を排出する能力が低下したり、消化器系や呼吸器系に悪影響を及ぼします。
大人に近づくに従い、こうしたものに触れる機会が多くなりますし、加減もまだ判らないものですから、思ったよりも強いダメージが、目に加わっていることがあります。
目が覚めて、視力が下がったと実感したときの落胆は、まったくもって心地悪いものです。
鍼であろうと、ビタミンであろうと少しでも視力が上がったと感じたり、日々辛い頭痛や肩こりに悩まされているものが、改善すると前向きになれる。そんな経験があります。
鍼灸マッサージを専門的に学び、私は卒業研究として、網膜色素変性症の患者に鍼を行った時に、どのような現象がおきて、視力が一時的に回復しているのかについて、基礎的な実験を試みました。
やや難しい話ですので、かいつまんでみます。
実験に協力していただいたのは、助教授の先生と検査技師さん、それと研究生や学生の中から、網膜色素変性症の方に何人か集まってもらいました。
内容は、暗室に30分横になってもらい、フラッシュ「光」の刺激を行います。
その時に網膜電図脳電図を計測します。
網膜電図と言うのは、光を感じると網膜にある細胞が電気信号を発生させますが、それを計測したものです。
脳電図はその網膜で感じた信号を、脳が受けとめて、処理する時に発生する電位を計測したものです。
日を改めて、今度は鍼刺激を行ってから、同じように暗室でフラッシュを行った時の、計測結果を比較すると、興味深い結果が現れたのです。
網膜の方も、脳の方も、同じようにフラッシュ刺激を行ってから電位が発生するまでの時間が、短くなっていたのです。
このようにして、西洋医学的な計測方法でも、鍼によって視力を感受する機能が亢進することが、推測できたのです。
このころの私の鍼灸技術は、お恥ずかしながらつたないもので、知識も乏しいものでしたので、選んだ穴も、眼科で行っていた、天柱・風池をそれほど深く考えずに使いました。
もちろん、西洋的な実験ですので神経経路は、考えて鍼を行っておりましたが、現在私どもが行っている、漢方理論に基づく、経絡の調整などとは、まったく異なる考え方をしておりました。
漢方の鍼では、体全体の生理機能を整えることで、まず効率よく自然治癒力が働けるように、穴を選びます。
その上で、網膜色素変性症では、特に眼を栄養するために必要な機能を調節することができる経絡を見極めて、治療を行います。
また、付随して現れる、肩こりや頭痛症状が改善できるよう、アプローチいたします。
私どもの鍼治療は強い刺激になって、不用意な負担がかからないように、細心の注意を払って行います。
さらに、進行を少しでも遅らせるために、旬の野菜を多く摂取したり、疲労をためない生活習慣を実践できるよう、必要に応じてアドバイスいたします。